関西の鉄道の自動案内放送に現れる地元アクセント

1.「地元アクセント」

関西の鉄道の自動案内放送でのアクセントが屡々話題になる。例えば,

矢印で表記されたアクセントは解釈が難しいが,京阪の車掌が /モリグチ]シ/ と発音する一方,谷町線の自動案内放送では /モ]リグチ/ となっていて驚いたという内容だと思われる。

関西に20年以上住んでいる私もそういう驚きはよくあった。例えば,今里筋線の「関目成育」は,/セ]キメ|セーイク=/ とか一語化した /セキメセ]ーイク/ とかを予想していたら,実際の自動案内放送の発音は /セキ]メ|セーイク=/ であった。谷町線の「関目高殿」も /セキ]メ|タカドノ=/ である。曩の「守口」の例のように同じ地名でも事業者毎に発音が異なる場合もある。例えば,「熊取」はJR西日本では /クマ]トリ/ だが,南海ウイングバス南部では /ク]マトリ/ である。

 

こういったアクセントは,共通語(或いは実質的標準語)の東京式アクセントの体系に沿い乍らも,実はその地域でのその地名の発音をある程度反映したアクセントと考えられる。私は「地元アクセント」と呼んでいる。

例えば,先程の「関目」は地元ではどう発音するかというと,京阪式アクセントで /Lセキ]メ/ である*1。自動案内放送の /セキ]メ/ はこれを反映した地元アクセントだと考えられる。守口 /モ]リグチ/ や熊取 /ク]マトリ/ の類も地元アクセントである*2。また地元アクセントは関西に限らず全国に存在する。

但し,地元アクセントはあくまで東京式アクセントの体系に沿ったアクセントであって,必ずしもその地域のアクセントと完全に同一ではない。地元アクセントは,「その地域のアクセントそのものではないが,東京式アクセントの範疇の中で "それ風" にしたアクセント」に過ぎない。例えば,御堂筋線堺筋線の「動物園前」について,京阪式アクセントは /Lドーブツエンマエ=/ で,自動案内放送では /ドーブツエンマエ=/ である。東京式アクセントでは一般に /ドーブツエンマ]エ/ となる筈なのでこれは地元アクセントであるが,無論京阪式の低起無核と東京式の無核とではピッチの上下動がまるで別物である。即ち京阪式ではドが低く始まり最後のエに向けてピッチが上昇するが,東京式の典型的発音ではドが低く始まりその次の拍から高く平坦に(しかし若干のピッチ下降を伴いつつ)発音される。

 

2.なぜ地元アクセントを採用するのか

その地域のアクセントと共通語或いは実質的標準語たる東京式(の体系で帰納的に推測される)アクセントとで大きな懸隔がある場合,東京式アクセントでその地名が発音されるとその土地の者に大きな違和感を生じさせる。京阪式アクセント母語話者の私もそういった経験は非常によくある。例えば,或る東京式アクセント母語話者のYouTuberが「三宮」を /サンノ]ミヤ/ と発音していて非常に気になった。「一宮」は /イチノ]ミヤ/,「二宮」は /ニノ]ミヤ/,「四宮」は /シノ]ミヤ/ なので,帰納的に /サンノ]ミヤ/ と発音したのだろう。しかし地元でのアクセントは /Hサンノミヤ=/ で高起無核であり,阪急等の自動案内放送では /サンノミヤ=/ という地元アクセントが採用されている。又,ユニバーサルスタジオジャパンが東京式アクセント母語話者に /ユニバ=/ と発音されるのを聞いたこともあるが,/Lユニ]バ/ というアクセントに親しんだ関西人の感覚からすると大きな違和感があり,何だかむず痒くなる。

鉄道やバスなどの公共交通機関の自動案内放送に地元アクセントが採用される理由は,その地域のアクセントと東京式アクセントとのこういった懸隔に対する地元への配慮と考えられる*3

そして地元アクセントは公共交通機関だけでなく放送業界でも使われている。以下にNHKの例を挙げる。

NHKでは,日本各地の地名(市町村・旧国名・自然地名など)を,全国放送の場合,地元の発音アクセントをそのまま用いるのではなく,共通語の発音に置き換えて放送している。全国的に見て,わかりやすく,また,放送する立場のアナウンサーが,全国の地元アクセントをすべて記憶するのは至難の業だからでもある。しかし,地域放送では,番組担当者の判断で地元のアクセントを用いてもよいことにしている。地元の人たちにとって,地名は非常に身近なものであり,アクセントを共通語式で言われると違和感を生じる場合が少なくないからである

NHKことばのハンドブック 第2版』p.130)

ここでの「地元のアクセント」は,その地域の発音そのままなのか,上記の地元アクセントなのかは定かではないが,関西在住20年以上の私の内省として,NHK神戸など地方局の番組では地名などで頻繁に地元アクセントが使用されている印象である。そしてその採用理由としては,その地域のアクセントと東京式アクセントとの懸隔に地元の人が違和感を持つことが少なくないから,即ち地元への配慮と解釈できる。こうしたNHK地方局特有のアクセントは,地元放送局アクセントと呼ばれており*4,本記事でいう地元アクセントとほぼ同じ概念,即ちその地域のアクセントをある程度反映した東京式アクセントである。井上(2016)*5は,

地元放送局アクセントは,当該地域で親しまれ,その多くは大切にされているアクセントと言える。逆に言えば,地元放送局アクセントを使えば,より地元で親しまれているアクセントを話し手が選んだことが,聞き手に理解され得るものとも考える。…(中略)…それがふさわしいと考えられれば,どの放送局であっても,あるいは番組が全国放送であっても,ニュースであっても,使用して構わないものと考えている。

(井上裕之:日本地名と「地元局アクセント」,放送研究と調査,Vol.11,p.36-52,2016)

と述べているが,まさにこれと同等の配慮が公共交通機関の自動案内放送にも現れているのだろう。

ちなみに,地元放送局アクセントと公共交通機関の自動案内放送に現れる地元アクセントはほぼ一致する。例えば地元放送局アクセントとして「池田」/イ]ケダ/,「泉佐野」/イズミサ]ノ/ などがあるが,/イ]ケダ/ は阪急で,/イズミサ]ノ/ は南海でお馴染みの発音である。

 

3.鉄道の自動案内放送に現れる地元式アクセントの例

関西の鉄道の自動案内放送に現れる地元アクセントを思いつき次第以下に追加していく。1つ目(太字)が地元アクセント,2つ目が東京式アクセントである。

 

1) 大阪メトロ

動物園前  ドーブツエンマエ= ドーブツエンマ]エ

あびこ  アビ]コ*6 アビコ=

長居  ナガイ=*7 ナ]ガイ

守口  モ]リグチ モリ]グチ

関目成育  セキ]メ|セーイク= セキメセ]ーイク

関目高殿  セキ]メ|タカドノ= セキメタカ]ドノ

谷町○丁目  タ]ニマチ タニ]マチ

長原  ナ]ガハラ ナガ]ハラ

西長堀  ニシナ]ガホリ ニシナガ]ホリ

鶴橋  ツ]ルハシ ツル]ハシ

恵美須町  エビス]チョー エビスチョー=

長堀鶴見緑地線  ナ]ガホリ|ツルミリョクチセン= ナガ]ホリ|ツルミリョクチセン=

市役所前  シヤクショマエ= シヤクショマ]エ

扉  ト]ビラ トビラ=

大阪市営地下鉄 オーサカシエーチカテツ= オーサカシエーチカ]テツ

 

大阪メトロ(大阪市営地下鉄)の自動案内放送は,有志のサイト 大阪市営地下鉄(大阪メトロ)車内放送・駅放送/SAS で実際に聞くことができる。なぜか谷町線は地元アクセントの採用が多いようである。

 

2) 阪急電鉄 駅構内自動放送

大宮  オ]ーミヤ オーミヤ=

*8 カ]ツラ カツラ=

池田  イ]ケダ イケダ=

中津  ナ]カツ ナカツ=

神戸三宮  コー]ベ|サンノミヤ=  コー]べ|サンノ]ミヤ

 

(思いつき次第順次追加)

*1:本記事では低起式をL,高起式をHと表記する。

*2:但しこういう頭高の発音は,京阪式アクセントの母語話者たる私の内省としては年配層のみに限られてきており,若年層は /Lモリ]グチ/,/Lクマ]トリ/と発音することの方が多いと思われる。

*3:若しくは,自動案内放送を発注する段階で,発注者がその地域のアクセントを実質的標準語たる東京式アクセント風にした発音で依頼した結果,このような地元アクセントが生成されたと考えられる。

*4:NHK日本語発音アクセント新辞典』付録1解説編pp36-37

*5:井上裕之:日本地名と「地元局アクセント」,放送研究と調査,Vol.11,p.36-52,2016.

*6:2019年6月現在は /アビコ=/ に変更されている。

*7:2019年6月現在は /ナ]ガイ/ に変更されている。

*8:これは微妙。東京式ネイティブによると違和感はあるらしい。