2023.4.29 臨津閣 (大韓民國京畿道坡州市)

KKDayの日本語ガイド付きDMZツアーにて訪問。

ツアー申込時に集合場所を明洞,弘大入口,市庁から選択可能。私は弘大入口を選択。KKDayより事前に弘大入口駅2番出口に朝6:55集合との旨通知される。7:09,「DMZ」と書かれたバスが停車。旅券を提示し乗車。1時間弱で臨津閣到着。

臨津閣自体は京義線臨津江駅やレンタカー等でもアクセス可能。その先の民間人出入統制区域(民統線)へは特別な入境受付を要する。一日に通行可能な車輛台数,時間帯等も制限されている。

KKDayのツアーではツアー会社が臨津閣にて入域手続を行っている間臨時閣を散策可能である。

望拜壇。朝鮮戦争により故郷を追われた人が停戦ライン以北の故郷や家族,祖先を偲び拝む壇。離散家族が毎年大勢訪れる。

1983年6月30日から放送された離散家族を発見する特番は180日間生放送された。近くの碑から流れる演歌のような歌曲はその番組の主題歌「失われた30年」である。

一見京義線下り線廃線跡と思しき線路が敷かれているが,砕石や枕木等が新しい他,Sリバー転轍機の位置,転轍桿,轍叉等全て適当であり,観光用に復元された模型に過ぎない。

朝鮮戦争での爆撃により破壊された京義線臨津江橋梁(「自由の橋」)の橋脚上に捕虜交換のため仮設された木橋の摸造橋。

朝鮮戦争被爆した機関車。

無造作に置かれた護輪器や軌条。これらは恐らく朝鮮戦争当時に使用されていた物だろう。日本国鉄等で使用されていたものと同じL形継目板に見えるが,詳細は不明。

爆破された橋梁と仮設木橋。現在は上り線のみが南北連結事業により復元され,線路が北と繋がり,臨津閣から都羅山を経て開城まで列車が通れる状態になっている。一方下り線の橋梁は復元されておらず,川の南側半分は観光用の橋が架けられている(餘部鉄橋跡に近い構造)。

下り線廃線跡上を歩くことができる。

下り線の観光用橋尖端部から臨津江を望む。尚,この方角以外(川に沿う方向)の撮影は軍事的理由により禁じられている。何人か守っていない観光客も居たが,周囲の看板をよく読む必要がある。

川の向こうは民統線であり特別な入境手続を要するが,統一村という民間人居住地域があり,毎日隣の統一大橋を渡ってきてこの附近の畑でも豆を栽培している。統一大橋には厳格に門限があるため,例え統一村の住人であっても門限を超えると帰宅できなくなる。
復元された上り線について,2007年12月の開通当初は開城工業団地にて北の労働者によって製作された衣類をソウルに輸送する貨物列車が定期運行されていたが,積載率等の問題から僅か1年程度で運行中止され今に至る。しかし定期貨物列車運行中止後も政治的理由から散発的に南北横断列車が運行されており,朝鮮民族にとって祖国統一の希望を託した重要な線区と考えられる。